先日、人の情報をたよりに、東北被災地へ行ってまいりました。
仙台駅の周辺の景色は、東京と変わらぬくらいに、震災の面影はなく、日常が流れていました。
いろいろ手配するのが前日になってしまったため、めちゃくちゃな強行スケジュール。
深夜バスで、仙台に出て、マン喫で仮眠
↓
本屋が開くのを狙って飛び込み、震災の情報記録誌と、岩手県の地図をゲット
↓
高速バスで、一の関へ移動。
↓
レンタカーゲット。
↓
気仙沼へ。
↓
R45を使って、そこから海沿いに北上。
↓
日暮れ間近に、釜石までたどり着く。
↓
花巻の宿へ移動。
↓
宿にて、NHK盛岡を観てたら、古田新太似のアナウンサーを発見。
↓
5時半起床。6時チェックアウト。
↓
浄土が浜へ。
↓
再びR45を使って、海沿いに南下。
↓
釜石保育園へ。園長先生と事務局長さんとお話し。
↓
遠野のカッパ淵に寄る。
↓
花巻空港にレンタカーを返却。
↓
新花巻から新幹線で帰宅。
家までなんと3時間半。新幹線て早い。。。
という本当に強行1泊、一人旅でした。
被災地はがれきが片付き、何にもない。
よく、言葉にならない、という表現を聞きますが、
私の場合は、何の感情も起こらない、という感じでした。
何の感情にも当てはまらない。もがく隙がない、というか。
多賀城市の方のYOUチューブを拝見したら、『無情』という言葉が出てきましたが、
本当に『無情』。心の中に、なんの音もしてないような感じになりました。
がれきがなかったからでしょうか。
なにが理由か、よく分かりません。
ただただ、何もなくなってしまったそれぞれの地域の、その広さ、そして、家の土台の数。そのものたちに、『・・・・・』という時間だけが流れました。
車から拝見させて頂いただけなのですが、行ってよかったです。
肌で感じれて、良かったです。土地の広さも、そこを通る風も。感じれてよかった。
これからも足を運んで、沢山、言葉の聞き役になりたいと思いました。
私は、物語を届け、皆さんの心の声を聞きたいと、そう思いました。
仙台駅の周辺の景色は、東京と変わらぬくらいに、震災の面影はなく、日常が流れていました。
いろいろ手配するのが前日になってしまったため、めちゃくちゃな強行スケジュール。
深夜バスで、仙台に出て、マン喫で仮眠
↓
本屋が開くのを狙って飛び込み、震災の情報記録誌と、岩手県の地図をゲット
↓
高速バスで、一の関へ移動。
↓
レンタカーゲット。
↓
気仙沼へ。
↓
R45を使って、そこから海沿いに北上。
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日暮れ間近に、釜石までたどり着く。
↓
花巻の宿へ移動。
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宿にて、NHK盛岡を観てたら、古田新太似のアナウンサーを発見。
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5時半起床。6時チェックアウト。
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浄土が浜へ。
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再びR45を使って、海沿いに南下。
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釜石保育園へ。園長先生と事務局長さんとお話し。
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遠野のカッパ淵に寄る。
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花巻空港にレンタカーを返却。
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新花巻から新幹線で帰宅。
家までなんと3時間半。新幹線て早い。。。
という本当に強行1泊、一人旅でした。
被災地はがれきが片付き、何にもない。
よく、言葉にならない、という表現を聞きますが、
私の場合は、何の感情も起こらない、という感じでした。
何の感情にも当てはまらない。もがく隙がない、というか。
多賀城市の方のYOUチューブを拝見したら、『無情』という言葉が出てきましたが、
本当に『無情』。心の中に、なんの音もしてないような感じになりました。
がれきがなかったからでしょうか。
なにが理由か、よく分かりません。
ただただ、何もなくなってしまったそれぞれの地域の、その広さ、そして、家の土台の数。そのものたちに、『・・・・・』という時間だけが流れました。
車から拝見させて頂いただけなのですが、行ってよかったです。
肌で感じれて、良かったです。土地の広さも、そこを通る風も。感じれてよかった。
これからも足を運んで、沢山、言葉の聞き役になりたいと思いました。
私は、物語を届け、皆さんの心の声を聞きたいと、そう思いました。