2015年9月21日月曜日

おぼえておいて

昨年からのご縁で、今年も10月に宮崎へ行かせて頂きます。

今回は社会人向け、学生向け、そして中学生、小学生向け、と、いろんなことをさせて頂く予定なのですが、その中で、詩の朗読を、プログラムのひとつに入れさせて頂きました。

『おぼえておいて』(かわさきゆかり著 三五館)

日本の今の神妙な空気。なんともいえない疲れとまあ、色々ネガティブなことを感じています。

自然災害、政治、日々の色んなこと。

そんな中で、この詩の中の言葉に自分が支えられたので。
私の出来る活動として、この詩の全編を朗読して来ようと思っています。

その一部を紹介します。

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おぼえておいて
耳を澄ますということを

あなたを揺さぶる力が
あなたの声でないのなら
あなたの胸の奥のそのまた奥の
一番静かな場所から響く
あのかすかな風の声を聞くことを

外から聞こえる大きな声に
突きうごかされそうになるときは
心を決めてもどっていって
あなただけのあの場所へ
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『おぼえておいて』は、戦後60年の広島で、作者のかわさきゆかりさんが、
風の中に聞いた詩です。これからの私達へと運ばれた、風の言葉です。

自分の奥にちゃんとある、自分の真実をちゃんと確かめていくことが、
どんな状況でも大事だなあ、と日々実感します。

おぼえておきたいです、耳を澄ますということを。

この詩の全編もすてきです、ご興味ある方はご覧になってみてください。




2015年9月7日月曜日

走れ!ひまわり号!2015年のドラマはもう始まっています。

  
今年もお陰さまでひまわり号が走ります!

今年は八景島シーパラダイスへ行きます。

去年の30回記念文集を読み返してみました。

参加者の皆さんが思い出に残っていること。
それは一緒に動いてくれたボランティアさんとの出会いだったり、
車窓から見た紅葉の美しさだったり、
目的地で入った足湯の温かさだったり。

そして、『来年のひまわり号にも乗ります!』

という言葉で終わります。そう決めたわけではないのに、皆さん決まり文句のように、迷わずそう書かれています。

いつも楽しみにしてくれる参加者とは裏腹に、実行委員は目的地選びから、鉄道の手配まで、要は列車が取れるまでは、ちょっとハラハラしています。

駅に、エレベーターが出来たおかげで、車いす介助をする駅員さんは減ったり。
行き場所が同じでも、経由がちがうと、交通費が高くなったり(しかも経由はJRが決めます)。
ダイヤ調整がつかないので、一つ前の駅で降りてください、と提案されたり。(ただの200人の団体ではないことを30年ひまわり号をしていてもJRは認知していません)

見えないバリアフリーは、どうやらまだまだ先のようです。

それでも、JRは快く車両を貸してくださるので、続けて行けています。私鉄になると1両何万円という単位で借りなければなりません。

今年は新人学生くんの実行委員、Iさんが、鉄道ファンなだけにこのようなJRの対応に勢いよく声を上げてくださり、今年も何事もなかったかのように無事に走れることになりました。


30年のベテランと、1年、2年目の新人と。同じくらい役割があり、大事な仕事をこなしてくれています。

そんな訳で、すでにドラマが始まっているひまわり号。
ぜひご参加くださいませ。

参加申し込み用紙はこちらのPDFを印刷してご利用ください↓
https://files.acrobat.com/a/preview/7935f4aa-68df-4dc4-89a3-a10abf47e0d8


昨年の新聞記事はこちら。



2015年9月3日木曜日

知らないところで。

御無沙汰しております。

すっかり秋のこの頃ですが、秋って、無条件にセンチメンタルになっちゃったり。

そうるすると、ああ、身体も秋になっていくんだな~なんて思うんですが、今日はそういう話ではありません。

毎月1度、私の70代の伯母がヨガをしてくれていまして、ヨガと共に沢山のおしゃべりをして帰ってくるのですが、おもがけないことを話してくれました。

もうかれこれ10年前となりつつありますが、30になる歳に、初めての一人芝居をしました。

『ゼルダ~最後のフラッパー~』という作品です。
アメリカの小説家、スコット・フィッツジェラルドの妻、ゼルダ・フィッツジェラルドの生涯の物語。


私をよくご存じの皆様は分かると思いますが、日常生活は不器用なのに、芝居はそつなくこなしてしまうところがある私。同世代の演出家と芝居をしていても自分のトライしたいものや課題がうまくつかめず、29歳の私はいよいよもがいていました。

芝居をやめるべきか否か、そこまで煮詰まっていた時、私に救いの手を差し伸べてくださったかたが提示してくださった戯曲が『ゼルダ』でした。
初めての一人芝居。初めての42歳という役。

この、絶対に成功しない作品に挑むことが、私には砂漠のオアシスのごとく、正に欲していた環境でした。

そつなくやることなんて出来ない仕事。志事。

その環境で私はどこまで行けるのか。

事務作業の全ても自分で行って、初めての自主公演でした。

人生初めての挑戦でした。

話しは戻って、その時の『ゼルダ』を、伯母は観に来てくれていました。
その時ご一緒してくださったご友人の方が、最近

スコット・フィッツジェラルドの小説を読んで、私の舞台を思い出してくださったのだそうです。
ふと思い出す舞台というのは、演劇をやっている私でも、そうそうあるものではありません。

ましてや、その一瞬よぎる記憶の再生を、人に伝えることも滅多にありません。

なのに、その方は、わざわざ伯母に伝えてくださいました。

あの一人芝居を思い出すんです、と。


このブログを見てくださる方だって20人かそこら、私は、本当に無名の役者です。
広告塔になれる『女優』さんとは大違いです。
きっと、『作品』として、心に残れたのだと思います。

決して洗練された舞台ではなかったと思います。でも、人の心に、刻まれる何かがそこに残ったことにとてもとても深い感謝を感じました。

全てのお客様から直接感想を頂くことは出来ませんが、こうして、10年経っても心に残る作品に携われたことは、とても幸せなことだと思います。

知らないところで、私が愛した作品が、誰かの心を灯している。


これからも頑張ろうって思いました。
私はみなさんのおかげで芝居をやれています。役者をやれています。言葉を愛しています。
ありがとうございます。

そんなお恥ずかしい一人芝居のダイジェスト映像はこちら↓